はじめに:GitHubという名の「墓場」を抱えて
いきなりですが、あなたのGitHubを見返してみてください。 Initial Commit や first commit だけで更新が止まっているリポジトリはいくつありますか?
あるいは、Udemyで「セールの勢いで買った講座」が進捗率15%で止まっているブラウザのタブが、今日もそっと閉じられていませんか?
もし心当たりがあっても、落ち込む必要はありません。私もそうです。 新しいフレームワークが登場するたびに「これからは○○の時代だ!」と環境構築まではやるものの、チュートリアルが終わった瞬間に熱が冷める。いわゆる「チュートリアル地獄」や「Hello World止まり」は、多くのエンジニアが抱える共通のバグです。
多くの人はこれを「自分には継続力がない」「根性が足りない」と性格のせいにします。しかし、断言します。 それは性格の問題ではなく、脳の「仕様」です。
本業で脳のリソースを限界まで使ってコーディングしている我々に、プライベートで消費できる「意志力」など残っていません。意志の力で続けようとするのは、メモリリークしているプログラムを再起動なしで動かし続けるようなものです。
本記事では、飽き性なエンジニアが「意志」ではなく「脳の仕組み(ハック)」を利用して、開発や学習を継続するための具体的な戦略を紹介します。
第1章:なぜエンジニアは「飽きる」のか?(The Why)

敵(飽き)を倒すには、まずその仕様を理解する必要があります。なぜ私たちは、あんなにワクワクして始めたプロジェクトに、わずか3日で飽きてしまうのでしょうか?
1. ドーパミンと「パズル」の関係
エンジニアの脳は、基本的に「問題解決」が大好物です。「どう動いているのか分からないもの(未知)」を解明し、「動いた!(既知)」となる瞬間に強烈なドーパミン(報酬)が発生するようにできています。
しかし、個人開発や学習には「退屈なフェーズ」が必ず訪れます。
- 同じようなCRUD処理の実装
- CSSの微調整
- テストコードの記述
- エラーハンドリング
これらは脳にとって「新しいパズル(未知)」ではなく「ただの作業(既知)」です。脳への刺激がなくなった瞬間、私たちの脳は「はい、このタスクからの学習は完了しました」と判断し、興味をシャットダウンします。これが「飽き」の正体です。
2. Shiny Object Syndrome(光るもの症候群)
エンジニア界隈は情報の流動性が異常に高い世界です。 Reactを勉強していたらSvelteが話題になり、Pythonを書いていたらRustの安全性に惹かれる。「隣の芝」がつねに青く、発光して見えるのです。
飽きっぽいエンジニアは、新しい技術という「光るもの」に飛びつく習性があります。これは好奇心が旺盛である証拠でもありますが、一つの技術を深掘りする前に次へ移ってしまうため、結果として「何も完成していない」という自己嫌悪に陥りやすくなります。
第2章:マインドセットの転換:三日坊主を肯定する(So What)

では、どうすればいいのか? まずやるべきは、git reset のようにマインドセットを書き換えることです。
1. 「継続」の定義をリファクタリングする
多くの人は「継続」を、「毎日2時間の勉強を1年間続けること」だと定義しています。これは完璧主義という名のバグです。
今日から定義を変えましょう。 「三日坊主を10回繰り返せば、それは30日の継続である」と。
途切れてもいいのです。飽きたら別のことをして、また戻ってくればいい。重要なのは「完全にやめてしまわないこと(プロジェクトの削除)」だけであり、休止期間があってもトータルで積み上がっていればそれは「継続」です。
2. シングルスレッドからマルチスレッドへ
「一つのことを極めなければならない」という呪縛を捨てましょう。 Aという技術に飽きたら、Bという技術を触る。Bに飽きたら、Aに戻って続きをやる。あるいはCを始める。
これを「浮気」と捉えるのではなく、「技術スタックの分散投資」あるいは「学習の非同期処理」と捉えてください。飽きっぽい私たちは、一つのタスクにロックされるとデッドロックを起こします。複数の興味を並行稼働させ、その時の気分(脳のコンディション)に合わせてコンテキストスイッチする方が、トータルの生産性は高くなります。
パンチライン:
「モチベーションを管理しようとするな。環境をデバッグしろ。」
第3章:今日から使える「継続」ハック術(The How)

ここからは、実際に今日から使える具体的なアクションプラン(実装・運用案)を紹介します。
Hack 1:ツァイガルニク効果で「寸止め」する
これが最も即効性のあるハックです。 作業を終えるとき、「キリの良いところ」で終わろうとしていませんか? それが翌日の着手ハードルを上げています。
人間には「完了していないタスクほど強く記憶に残り、気になってしまう」という心理現象(ツァイガルニク効果)があります。これを利用します。
- Bad: バグを修正し、コミットして、PushしてPCを閉じる。
- → 脳は「完了」とみなし、翌日「さあ、次はなにをしようか(ゼロからのスタート)」となる。
- Good: 関数を書きかけのまま、あるいは意図的にコンパイルエラーが出る状態でPCを閉じる。
- → 脳は「気持ち悪い! 続きをやりたい!」という状態が維持され、翌日PCを開いた瞬間に作業に入り込める。
Hack 2:MVPを極小にする(3日で終わる仕様にする)
飽き性エンジニアの個人開発が完成しない最大の理由は「仕様が壮大すぎる」ことです。 モチベーションが続く期間(賞味期限)は、せいぜい3日〜1週間です。
- 戦略: 「3日で飽きる」ことを前提に、「3日で作れる機能」だけをMVP(Minimum Viable Product)として定義する。
- ログイン機能? いらない、ハードコードでいい。
- デザイン? いらない、CSSフレームワークのデフォルトでいい。
- DB? いらない、JSONファイルでいい。
「完璧なコード」よりも「動くゴミ」の方が、完成したという事実がある分、100倍価値があります。まずは小さくデプロイし、成功体験という報酬を脳に与えてください。
Hack 3:Build in Public(羞恥心の利用)
誰にも言わずに開発するから、誰にもバレずにやめることができます。 X(Twitter)やZennのScrapsで、「これを作ります」と宣言し、進捗を垂れ流しましょう。
「誰かが見ているかもしれない」という適度な緊張感(ソーシャルプレッシャー)は、強力な強制力になります。また、未完成の状態を晒すことに慣れると、完璧主義が剥がれ落ちていきます。
おわりに:「飽き性」は最強の武器になる

最後に、飽き性なあなたに伝えたいことがあります。 IT業界において、「飽きっぽい」というのは「変化への適応力が高い」と言い換えることができます。
一つの技術に固執せず、次々と新しい技術をつまみ食いしてきた経験は、将来的に必ず活きてきます。点と点が繋がり、「サーバーもフロントもインフラも、なんとなく分かる」というフルスタックな人材や、技術選定ができるアーキテクトになれる素質があるのは、実は飽き性な人の方かもしれません。
これは「わんこそば」と同じです。 一杯(一つの技術)をじっくり味わう必要はありません。次々と新しい技術を食い散らかし、結果的に満腹(スキルセットの充実)になれば、あなたの勝ちです。
今日のNext Action
この記事を読み終わったら、放置しているリポジトリを一つだけ開いてください。 そして、「コメント行を1行削除する」か「変数名を1つ変える」だけでいいので、変更してコミットしてください。
それだけで、今日のあなたは「継続できたエンジニア」です。 さあ、エディタを開きましょう。
